姫路城を100倍楽しむ

ライトアップされた姫路城画像

世界最高峰の木造建築。
真っ白に輝くその精悍な佇まいは世界遺産に最もふさわしい建造物だ。
そんな姫路城は歴史好きならばともかく
一般的には美しい、壮観なという印象しかないかもしれない。

今回は姫路城の歴史的背景、秘密に迫ってみた。

観光建造物以上に
100倍姫路城を楽しむ方法をご紹介します。

目次

誰が作ったの?

こんな立派な建物いったい誰が作ったのでしょうか?
歴史は苦手という方のために簡単に解説。

基盤時期 赤松円心~豊臣秀吉

姫山(現在の姫路)に赤松円心という武将が砦を築き、
弟の赤松貞範が城を築いた。

その後、黒田重隆が城主を任されていた。
息子の黒田職隆が今の姫路城を築いたと言われています。
さらにその息子黒田官兵衛(本名は孝高)もこの城で生まれ、
城主となっています。

秀吉は官兵衛のすすめで入城、
大阪城を築くまでの3年間城主となっています。

完成時期 池田 輝政~本多 忠刻

その後、武将である池田 輝政(いけだ てるまさ)が大天守
小天守を築き、現在の大部分を建てました。

現在の姿になったのは江戸時代前期の大名
本多 忠刻(ほんだ ただとき)の時です。

忠刻は千姫(せんひめ 家康の孫娘)と結婚
2017年は結婚400周年を記念して多くの行事も行われている。

ここまで完成するには多くの武将が代々にわたり
築き上げたと言えます。

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城内へ、いざ出陣!

菱の門の画像

姫路城 菱の門

さて、いざ出陣!
城内へご案内しましょう!

少し大きめの門をくぐると
狭間(さま)と呼ばれる矢や鉄砲を放つための穴が沢山あります。


穴の意味は別ページで解説します。

緩やかな傾斜をのぼっていくといくつかの門をくぐります。
門は段々狭くなっていき、門の高さも背丈くらいまで低くなります。

頭上注意!

こんな看板も出てきます。
もちろん当時はこんな看板はありません。

門が低くなるわけも別ページで解説します。

何とか狭い門をくぐり抜けていくと、

「あれ?今まで登り傾斜だったのに
急に下り傾斜になってる。
ん?これは帰り道?
道を間違えたか?」
と錯覚します。

勢いよく攻め込んできましたが
立ち止まります。

道が下り坂になったわけも別ページで解説します。

さてさて何とか天守閣に到着です。

急な階段を上り、小さな窓から外を見ると


絶景です!!

6階をのぼり切るとそこには

ここまで楽しませてくれたお礼をして
姫路城攻め頂上到達は完了です。
おつかれさまでした。

一息ついて帰りましょう!

下り階段は本当に急階段ですので
しっかり手すりにつかまりながら
行きましょう。

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姫路城ギャラリー

菱の門の画像

姫路城 菱の門

ライトアップされた姫路城画像

ピンクリボン ライトアップ

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